久しぶりに父親と電話で話をしました。
「お店に行ったら”ジュンちゃん”て子がお前によろしくって言ってたぞ」
ジュンちゃん、というのは私のホステス時代の同僚で、私が働いていたお店に他店から移籍してきた女の子です。天然で悪意がなく、森口博子似の歌がうまくて愛嬌のある彼女は、ファンも多く人気がありました。
「水の星より愛を込めて」「エターナルウインド」はわたしも大好きでよく歌います。
そして、40代以上の客層が多い夜のお店でこれを歌うともれなくマニアックなお客さまが付いてくること間違いなしです。(すみません、最近の歌は知らなくて。。)
- ホステス時代の売りは「食べること」
- そもそもお酒が飲めないのになぜホステスになったのか
- 胸にネタメモを仕込む日々
- 「食べるひと」を見るのが好きなひとの需要
- もうひとりの自分、をつくる
- 無理せず生きていけるほうがいい
ホステス時代の売りは「食べること」
話は戻りますが、ホステス時代の話。
いじめやウソの噂話で相手を陥れるのは夜の世界では日常茶飯事。お客さまに見せる顔と裏の顔が全く違う子が多いホステスの中では、表も裏も変わらない彼女は、一緒に仕事をしてほっとする数少ない女の子でした。
彼女の売りは頭の回転の良さを表に出さずに、外見の愛らしさと天然の面白いやりとりだったのですが、対して私の売りは「たくさん食べること」でした。
そもそもお酒が飲めないのになぜホステスになったのか
病気のおかげで25歳まで恋愛らしい恋愛をしたことがなかった私は、26歳の時に出来た初めての彼氏に大失恋をしました。別れたあとも当時働いていたレストランにお客としてくる彼と顔を合わせるのに耐えられず(ふつう、来ないですよね)仕事を辞め、お店のお客さんで来ていたマスターとママにスカウトされてホステスになりました。
過食がひどかった当時は飲食店の仕事の身体的負担は大きく、けれど過食にお金はかかるため収入は必要という状況。失恋のショックと食に関わる仕事はもうしたくない、という気持ちもあり、ふつうの仕事よりも体力的にに負担が軽く時給の高いホステスをすることになったのです。
しかし、わたしは決定的にホステスに向いていない女でした。
まず、お酒が飲めない。「飲まない」ホステスはいますが「飲めない」ホステスはほとんどいません。というか、飲めないと売り上げを上げられません。
幸いなことに、私がお店にスカウトされた理由は「夜のお店にいないタイプだから」でした。なので、お酒を飲めないことも織り込み済みです。
では、何で売り上げを上げるのか。
そもそも、ほどんど男性とお付き合いしたこともない女が、いきなり毎日20人くらいのお客さまの接客をする仕事をできるのか。(しかもほぼ全員初対面)
これが、紆余曲折ありましたが、なんとかなったんですよね。
胸にネタメモを仕込む日々
夜のお仕事は、自分が商品です。デパートなら、満足いただくような商品を紹介して販売するのが店員の仕事ですが、ホステスは自分自身が売り物。
けっこうな料金を払っていらっしゃるお客さまに満足のいく時間を提供するのがお仕事です。
そこで、男慣れしていない、酒が飲めない、たばこも吸えない、ギャンブルしない、胸もない、ないないづくしの女がやってきたわけです。しかも、男慣れしなさすぎて、お客さまの隣に座るときに2人っきりのボックス席で1メートルくらい離れてるわけです。
露骨に不自然ですね。
そして、興味のない男の人と話す話題がわからなくて、胸に毎日「ネタメモ」を入れてトイレに行くたびにネタを確認する、ということを繰り返していました。
そして、カラオケタイムがまたやっかいでした。友達と遊びに行くこともなく、青春をほぼ過食で毎日過ごしていた人間にカラオケのレパートリーなんてあるわけありません。
最初にわたしが歌ったのは
「となりのトトロ」
でした。
飲めない、吸えない、歌えない、色気ない、の私にも奇特なファン1号ができ「なんでもいいから歌って」というので歌ったのがこれ。
「となりのトットロ、トットーロ、トットロ、トットーロ」ってやつです。
そして、「なんか知らないけど変なホステスがいる」と噂になり、お客さまが他のお店でわたしの話をし、それを聞いた他店のママがお客さまとやってくるようになりました。珍獣ツアーみたいな感じでしょうか。
「食べるひと」を見るのが好きなひとの需要
世の中には、「よく食べるひとを見てるのが好き」という人が一定数います。
なんなら、結婚した理由が「にこにこしてよく食べる姿がかわいくて」なんて人もいます。
働いていたお店は、軽食だけでなくけっこう凝った料理もオーダーできるお店でした。そして、夜のお店の料理はお値段が昼間と基準が違います。
極端な例を言えば、100円のインスタントラーメンが800円で売られてる感じです。
パスタ1皿とビール2杯の値段はさほど変わりません。
そして私はパスタなら一度に軽く3皿はいけます。
そんなわけで、お酒の代わりに1組に1~2皿頼んでいけばなんとか飲める人と同じくらいは上がるということになります。
そんなこんなで「痩せているのに大食い」というキャラクターと、男性慣れしてないがゆえの不自然なやりとりと行動とが一部のマニアックなお客さまに受けて、それなりにお客さまがつくようになりました。
食に関わる仕事はもうしたくない、と飲食店を辞めたのに、なぜかまた食のキャラクターとして生きていくことになるのです。
もうひとりの自分、をつくる
正直なところ、メンタルが弱い人には夜の仕事はおすすめできません。
しかし、メンタルの病気を抱えている人が多いのも夜のお仕事です。そして、夜の世界は一度入ったらなかなか抜けるのは難しい。
幸い、わたしの働いていたお店はママが非常にいい方でした。
そして、わたしにある日こう言いました。
「Sちゃん、正直で素直なのはあんたのいいとこだけど、仕事をするときに全部自分のままでいたら傷つくことも多いよ」と。そして
「仕事用の自分を作ることも、自分を守る手段だよ」
と言われました。
仕事用の自分、というキャラクターを作れば、他人から何を言われたところで「自分とは違う自分に対して言われたこと」です。傷つく必要はありません。
無理せず生きていけるほうがいい
なかなか夜の環境に適応できずにいた当時、もう1人の自分を作ることで、いくらか精神のバランスを取ることが出来るようになりました。
ただ、それを長くは続けることができませんでした。
夜の仕事を辞めて10年以上たつのですが、昼・夜関わらず、周りを見るとカメレオンのように環境にうまく適応している人が多いです。
たぶん、そうやった方がうまく生きられるのだと思いつつ、なかなか同じようにはできません。
できるなら、自分を作らずに生きていける場所の方がいいですね。
周りと同じでないことに悩むより、自分が苦しくない生き方を探す方がいい、と今は思っています。